「なんで勉強するの?」2023年8月時点の答え
どうも、さっさです。
今回は毎年塾生に聞かれる「なんで勉強するの?」という質問に答えます。
結論から言うと、面白いから。
これだけです。
知らないことが分かる。
テストで高得点を目指す。
過去の自分や誰かと勝負。
全部面白い。
さらに思考が進むと、英語で日本語とは脳の使い方が違うことに気が付くとか、数学的思考が身につけばCMや広告に騙されなくなるとか、国語の読解問題でいろんな発想を知るとか、実生活に本当に役にたつところまで行けます。
勉強がしょせん知識の詰め込みで、テストでいい点数が取れればいいんでしょ、っていうのは大きな勘違い。
知識があって点数が良くても、人間関係がうまくいかない人はたくさんいます。
勉強ができればいいというわけでもないのです。
お金があればいいというわけではないことに似ています。
お金があっても、身の回りが高級品ばかりでは、一般的な暮らしをしているのと大して変わりありません。
それどころか、高級品を次々と買い替えるために、さらにお金が必要になって、不要な忙しさに追われるつらい生活になってしまいます。
お金があるのに価値があるものに使わずに、残高をさらに増やすことばかりに一生懸命な人も不幸といえます。
勉強も同じで、知識の習得とテスト結果だけを追い求めてばかりでは、勉強がいつまでもつらいままです。
知識があるのに、自分の成長や人の役に立つために使わないのも意味がありません。
中学生で「なんで勉強しなきゃいけないのか」と考えている人。
大人は「なぜもっと真剣に勉強しなかったのか。もっと勉強ができれば、今の自分はもっと違っていただろうに」と全員が後悔しています。
とはいえ、勉強が面白くないという意見も否定できないところがあります。
それは、どの教科も誰かが発見したことの後追いをしているだけだから。
数学の公式や理科のさまざまな現象の法則など、こうだよってもう教科書に載ってしまっています。
本来は、自分から疑問に思って、仮説を立てて検証した結果こうなんだ、的な行動が勉強です。
でも、もう世の中の疑問のほとんどは、誰かによって研究され尽くしています。
もしこうしたらどうなるのか、ということもYouTubeを見ればもう誰かがやっています。
こんな状態では、確かに勉強が面白いとはいえないかもしれない。
だから僕は、塾で授業をするときにはできるだけ生徒に考えてもらうようにしています。
自分の頭で考える。
これが勉強のもっとも面白い瞬間だからです。
夏休みの宿題で1学期や前学年の復習が出ていますね。
忘れているところがあったらチャンスです。
ぜひ自分の頭で考えて、そして思い出してみましょう。
それを学校で習ったとき、どんな授業風景だったか。
あの人のお腹が鳴っていた。
あの人の珍解答が面白かった。
ずっと手を挙げていたのに先生が当ててくれなかった。
そんな光景と共に思い出してみるのも立派な勉強。
ただの甘えで「勉強いやだ」と言っている人はさておき、マジで悩んでいる人。
できたら強制的にやらされている感覚を早く捨てたい。
自分から挑んでいる。
自分の頭を使っている。
こんな感覚が持てるだけで勉強は面白くなります。
あ、成績がいい人を「いいよな、あいつは」と言っている人。
実は成績がいい人にもいろいろ苦労があることを知るといいです。
次回もいい点数を取らなければならないプレッシャー。
家族や知り合い、先生からのプレッシャー。
本当はわんぱくなタチなのに、家でも学校でも優等生を演じなきゃいけない自分。
80点は取れるのに90点以上がなかなか取れない。
テストの点数はいいのに、通知表の数字が取れない。
こんな感じで、同じ立場になってみるとなかなかつらいことが分かります。
じゃあ結局どうすればいいのか?
結論から言うと、他人に左右されずにできることを1つずつやるだけ。
もちろん、他人との競争がエネルギーになる人は別です。そのままがんばってください。
でも、他人と比べてしまってどうしてもつらい、ということであれば、その考えを捨てることをオススメします。
勉強が嫌だという人は、実は勉強が嫌なのではなく、自分よりできる人やブツブツ言う親や先生が嫌なだけなんです。
人間というのは本来、好奇心のかたまり。
見たいし聞きたいし行きたいし知りたいし触りたいしで、しょうがない生き物なのです。
他人の成績とか親や先生のブツブツは適当に流して、自分ができることに集中すること。
きっと勉強ができるようになるし、好きにもなります。
「いやいや、もう中3で勉強がダメダメなんですけど、今からでも間に合いますか?」という人。
間に合うに決まっています。
勉強にもう遅いなんてことは絶対にありません。
他人のことや過去の自分のことなんか気にしないで、今できることを1つでもやることです。
「頭がいい人」の特徴の中には、実は「すぐに始められること」もあります。
救われる人が1人でもいればうれしいです。
それでは、また。