われは熊楠/岩井圭也

どうも、さっさです。
小説『われは熊楠』を読みました。
忘備録を残しておきます。
読んだきっかけ
第171回直木賞受賞候補作ということで。以前は候補作全てを読むようにしていましたが、まあ肌に合わない作品もありまして。以降は候補作の中でピンときたものを読むようにしています。
あらすじと感想
慶応3年、南方熊楠は和歌山に生まれた。
人並外れた好奇心で少年は山野を駆け巡り、動植物や昆虫を採集。百科事典を抜き書きしては、その内容を諳んじる。洋の東西を問わずあらゆる学問に手を伸ばし、広大無辺の自然と万巻の書物を教師とした。
希みは学問で身をたてること、そしてこの世の全てを知り尽くすこと。しかし、商人の父にその想いはなかなか届かない。父の反対をおしきってアメリカ、イギリスなど、海を渡り学問を続けるも、在野を貫く熊楠の研究はなかなか陽の目を見ることがないのだった。
世に認められぬ苦悩と困窮、家族との軋轢、学者としての栄光と最愛の息子との別離……。
野放図な好奇心で森羅万象を収集、記録することに生涯を賭した「知の巨人」の型破りな生き様が鮮やかに甦る!Amazon商品ページより
中学社会には出てこない人物なので、仕事には役に立たないなあ、と思いながらも読了。知的好奇心旺盛な熊楠は、採集活動を通して自分が何者かを知る、というミッションを背負っています。
学者・研究者として生涯を過ごし、70代で亡くなるまでが描かれています。
現代ではなんでも検索できてしまいますが、当時は新種発見のオンパレード。熊楠は自らいろんな植物の標本やら粘菌類の図鑑作成やらで大忙し。さぞかし楽しかったことでしょう。
学者で大変なのは金策。この辺りは弟・常楠(つねぐす)からの仕送りでなんとか頑張ります。
ところが熊楠にはピンチの連続。友人の死、学者としてのロンドン滞在の挫折、酒癖の悪さ。頭の中で謎の声が鳴り響く病気持ち。
結婚して子供を持ち、学者として天皇陛下と直で会話する場面もあり、いいところもたくさんありました。
でも僕は思う。知識はいくらあっても自己満足なだけ。学生の間は成績が付くからとりあえずみんな頑張るものの、大人になったら知識がある人は振る舞い方に気をつけないと嫌われてしまいます。
熊楠が病床でも顕微鏡を見たがるシーンが印象的。そこまでして「知る」ということを追い求めるのか。
息子と離れざるを得ない場面も忘れられない。僕にも息子がいますがまだ3歳。もっと大きくなった時に、「父さんのせいで…」なんてことがあったら嫌だなあ。